サボテンの花2(令和8年6月2日)
昨日、綺麗に咲き、多くの参拝者の目を楽しませたサボテンの花ですが、1日でしぼんでしまいました。1日しかない寿命を参拝者の多い1日に持ってきた訳ですすから、サボテンも粋なことをするなと思いました。
稲作(令和8年6月1日)
今年も新嘗祭で稲穂をお供えするために、プランターに苗を植えました。
苗は嫁さんの実家から頂きました。品種はヒノヒカリです。
秋には稲穂が頭を垂れるほどの実る事を祈ります。
サボテンの花(令和8年6月1日)
二年前に氏子さんから頂いた長盛丸というサボテンです。こんなに花が咲いたのは今年初めてです。今日は月初めですので、多くの方にお参りいただいており、参拝者の方の目を引いています。 (禰宜より)
さくらんぼ続編(令和8年5月2日)
4月4日にさくらんぼが生っている事を紹介いたしましたが、今は真っ赤に熟して美味しそうになっています。
1つ味見をしてみました。ちょっと水っぽいですが、甘くて美味しかったです。
春季大祭(令和8年4月15日)
祭典の始まる午前11時から雨が降り出す天気予報でしたが、祭典を終えるまで雨がもってくれました。
今年も下拝殿に生け花、そして祭典にはバイオリン演奏、アースリズムダンス、オカリナ演奏のご奉納を戴き厳かな祭典に透き通る美しい音色と伸びやかな歌声そして躍動感あるダンスで神事を飾って頂きました。
生け花奉納
草月流 木下麗泉様
バイオリン奉納演奏
いのちの歌、荒城の月、祈りの3曲を演奏して頂きました
アースリズムダンス奉納
題目「神楽鈴と自然の音」
オカリナ奉納演奏
春が来た、青き光の歌(青龍の歌)の2曲を演奏して頂きました
青き光の歌では歌もご奉納下さいました。
春のご来光(令和8年4月6日)
4月5日~7日が二上山からのご来光の日ですが、週間天気予報では5日のみ拝めて後は曇りか雨の予報でした。ところが、5日は曇りで日の出を拝めませんでしたが、6日には雄岳と雌岳の間から綺麗なご来光を拝むことができました。
肝心の写真は綺麗に撮れなかったので、頂いたものをアップしております。
さくらんぼ(令和8年4月4日)
先日車を運転していた時、八神純子さんのラジオ番組で「私の地元の桜は花が咲いた後さくらんぼがなっていた」と話しておられました。「うちの桜は無いな」と思っておりましたら、なんとさくらんぼがなっておりました。この桜は小さな木で3月初旬には花を咲かせる早咲きのさくらです。毎年見ておりましたのに、今年初めてさくらんぼに気付きました。
幣垣稲荷例祭・柴燈大護摩供
(令和8年3月15日)
今年は穏やかな晴天の下、当社末社である喜志子稲荷神社例祭・柴燈大護摩供を執り行いました。
稲荷参道に「喜志稲荷大明神」幟を立て飾り、多数ご参列頂いて午前11時より例祭を斎行し、続いて午後0時30分より下拝殿前で「極」「喜和塾」による和太鼓奉納演奏、 午後1時より大峰山寺阪堺役講岩組の行者様方による柴燈大護摩供が盛大に行われました。
和太鼓奉納演奏
柴燈大護摩供
行者様が入場し、般若心経を唱えます。
斧、矢、剣の作法の後、いよいよ点火です。
もの凄い煙が立ち込めます。
炎が出てきました。
勢いよく真直ぐに天に向かって火柱が上がります。
導師様作法
導師様作法
お経を唱に合わせ太鼓が打たれます。
囲まれた桧葉が燃え、檀木が出てきました。
護摩木が入れられます。
護摩木が入り炎の勢いが増します。
高々と上がる火柱
形を変える火柱
龍が頭を出したような炎
フラダンス奉納(令和8年2月23日)
好天に恵まれ、暖かい天皇誕生日の祝日、京都に拠点を置く、本荘眞弓様主宰のフラハラウオラウレアの皆様 により奉納頂きました。
2月23日は稲荷社に真直ぐ朝日が差し込み、お社が光輝くので是非見たいと滋賀、京都、兵庫と遠方から日の出前に当社に到着されましたが、生憎厚い雲に覆われ日の出の光は遮られてしまいました。
午前9時から正式参拝して戴き、紅梅が満開の涙だれの梅庭園に移動し午前10時前からご奉納が始まりました。早朝の厚い雲も消え暖かい日差に包まれておりました。
先ずはライアーの清らかな音色により場の清めて下さいました。
天皇誕生日ですので「君が代」でのフラ
続いて「ひふみ祝詞」のフラ
3曲目は瓢箪で作られたイプヘケを使ってのフラ
「愛と祈り」のフラ
「プアサクラ」のフラ(曲は森山直太朗のさくらです)
「悠久之歌」のフラ
最後は全員で「メレホアラモク」のフラ
昔にハワイで神々に捧げたフラダンス。異文化の舞を神様も楽しまれ御神威を新たにされた事と思います。
本荘眞弓様始めフラハラウオラウレアの皆様、ありがとうございました。
紅梅が見頃です(令和8年2月22日)
寒さが続いて開花から進みませんでしたが、日中は温かくなり一気に紅梅が咲きました。白梅はもう少し先になりそうです。
満開近い紅梅1
八分咲きの紅梅
白梅は未だチラホラです
梅の開花情報(令和8年2月7日)
紅梅が咲き始めました。白梅も一輪だけ咲いています。
節分祭・献灯祈願祭
(令和8年2月3日)
冷たく澄み切った境内に215基の提灯を参道に並べ、御明を奉って節分祭をご奉仕いたしました。
参列者の皆様はロウソク灯りで照らされた幻想的な空間で心が癒され、ロウソクの炎で心身を清め、神様から新たな気を頂かれました。
下拝殿前
本殿へ続く大階段
本殿へ続く北側参道
上拝殿(本殿前)
上拝殿から下拝殿を見下ろす
節分祭・献灯祈願祭様子
涙だれの梅庭園情報(令和8年2月1日)
1月20日に梅の開花をお知らせ致しましたが、その後寒波により寒かったせいか、まだ新たな開花はありません。
前回の報告より開花が進んでいます。
紅梅が間もなく開花です。
白梅はつぼみが膨らみ始めた感じです
奉納絵画の紹介(令和8年1月21日)
「みんな仲良く」 作:城岸美稀
当社への奉納のために描かれた絵画です。
赤ちゃんの初宮詣をイメージして描かれております。
初宮詣は神様と赤ちゃんの御神縁を結ぶお祭りです。
赤ちゃんが神様とご縁を結び、これからたくさんのご縁を結ぶ始まりである初宮詣を描くことで縁結び・家内安全・安産などの祈願が表現されています。
下拝殿に飾られておりますのでご来社の際ご覧ください。
涙だれの梅庭園の梅が咲きました
(令和8年1月20日)
まだ1月中旬というのに、今年は早くも涙だれの梅庭園の梅が開花しました。昨年より1月、一昨年より10日早い開花です。
毎年一番に開花する小さい梅の木です
他の梅の木
こちらはまだつぼみです。つぼみの膨らんだものや、まだ固いものなど開花はまだです。明日から寒くなるようですので開花は2月かな。
つぼみの様子
白梅はつぼみがふくらみかけていますが紅梅のつぼみはまだ固いです
正月ご奉納作品紹介
(令和8年1月9日)
干支絵馬
岸佳美様の作品。
丑から始まり今年で6年目。折り返し点まで来ました。
今年の作品は元気いっぱい駆ける馬。砂埃は来年の羊です。3匹のピンクの羊は桜を表し、ホップステップジャンプを意味しています。
生け花
草月流 木下麗泉様の作品。
春祭り、秋祭り、お正月とご奉納頂いて拝殿を華やかに飾っていただいております。
藁の馬
清澄直代様の作品。
大しめ縄作りの余った藁で出来ています。
2年前にしめ縄の綯い方を初めて覚えたか思えば辰、そして昨年は巳と、しめ縄で作った作品を奉納頂きました。今年は見事な馬が拝殿でお出迎えしてくれております。
正月恒例の穴堀(令和7年12月23日)
正月3ヶ日は火を焚き、15日にはとんど焼きをする穴が今年も現れました。
手掘りの作業なので2時間半かかりました。
埋めて11か月の間に木の根が入って来るのですが、今年は例年に増して木の根が多かったです。今年の夏は猛暑で雨が少なかったから水を求めて根を張り巡らせたためでしょうか。掘っては埋め掘っては埋めの所なので土が柔らかく周りに比べて雨水が土中に溜まりやすくなっているので例年に増して根が伸びたのかと思います。
完成した穴
例年の倍以上の根を取り除きました
紅葉情報(令和7年11月24日)
まだ紅葉していない緑の紅葉もありますが、紅葉したものは、色鮮やかに真紅に染まって朝日に映えています。
朝の7時30分頃、朝日の光が差し込んで紅葉を照らします。
今年は夏が長かったから、かなり遅れていると思いましたが、昨年の記事の日付が11月26日でしたから、昨年と同じですね。
未だ緑の紅葉も朝の冷え込みで一気に染まって行くと思います。
宮司宅前栽
手水舎後ろ
祖霊殿前
天分水舞奉納(令和7年11月11日)
今年も天分水舞(あわみまい)をご奉納頂きました。
今年は岐阜県からお二人、兵庫県からお1人、栃木県からお1人、京都府からお1人の計5名の舞人様が来社されました。
正式参拝の後、4つの舞をご奉納頂きました。
稲穂とお鈴を用いた「ひふみの舞 陰」で先ず心が祓い清められ、「とゆけのこよみ」「たらちねの舞~童神~」で心が和み、「御風舞」で心に気が吹き込まれ、活力を頂きました。
奉納の後、直会で皆さんと楽しい時を過ごさせて頂き、あっという間に時がすぎました。
舞人の皆様、ありがとうございました。
以下写真をアップさせて頂きますが、スマホのレンズが汚れていたせいか、、写真の鮮明度に欠けますがお許しください。
ひふみの舞 陰
とゆけのこよみ
たらちねの舞 ~童神~
御風舞(みかぜまい)
舞人の皆様です
令和7年秋季大祭
10月17日(金)~19日(日)
天気予報では雨が心配されましたが、日中は曇りベースでほとんど雨も降らず、
神賑行事も予定通り行うことが出来ました。
秋祭り神賑行事
稚児社参
今年は富田林町の皆様で神職を先頭に雅楽を奏でながら市民会館から神社まで約600mを参進しました。
お祓いを受ける稚児
和太鼓奉納演奏
和楽チーム ATENA様による迫力ある太鼓演奏
居合剣術奉納
原賢志様による新伝水心流居合剣術奉納
乙女舞奉納
9月から稽古した豊栄舞を神様に奉納
曇り空から太陽が顔を出しました。
天照大御神様もご覧になられたようです。
神輿渡御
先祓い、猿田彦の先導で御旅所まで向います。
「わっしょい」の掛け声で賑々しく進みます。
地車宮入
14台の地車が宮入し神様に「にわか」
(寸劇)を奉納します。
各町稽古を積んだにわかを宮入で神様に観て頂きます。
にわかが終わって勢いよく地車を曳き回します。
写真は「差し上げ」というもので
だんじりの前枠を勢いよくほり上げます。
大神輿担ぎ出し
地車宮入が終わったら、全町一丸となって大神輿を担ぎ出します。
氏子中が秋祭りを楽しんでいる様子をご覧になり、神様も微笑んでおられるお姿が目に浮かびます。
石鎚山登拝(令和7年9月9日)
昨年四国霊峰石鎚山の事を知り、登ってみたいと思いつつも、なかなか行けず、
ようやく行こうと決め9月10日か11日の晴れの日に行くつもりでしたが両日とも雨予報であったため、急遽9日に変更して行きました。
早朝に出発し車で愛媛まで行き、日帰りで帰って来るという還暦を迎えた私にはキツイかな?と思う行程での登拝です。
石鎚山は鎖場が「試しの鎖」「1の鎖」「2の鎖」「3の鎖」と4か所あり、鎖場を楽しみにしておりましたが、登山道を念入りに予習していなかったので、「試しの鎖」と「2の鎖」は見落としてう回路を進んでしまうという失敗をしてしまいました。
朝4時に出発し8時30分に到着、予定通り8時40分のロープウェイに乗りました。
8分で1,300mの山頂成就駅に到着。石鎚山の標高が1,982mなので680mの登山です。
先ずは石鎚神社成就社に向います。
奥前神寺です。
神仏分離令により前神寺が現在の場所に移転した後、「本前神寺」の由緒を留めるために「奥前神寺」として建立されたそうです。
歩いて20分程で成就社に到着。登山の無事をお祈りしました。
神門を潜っていよいよ本格的な登拝開始です。
登山というのに下りや平坦な道が続きます。
遙拝鳥居です。山頂まで行けない方はここから山頂奥宮を遙拝します。
遙拝鳥居を抜けたら登りかと思っていましたがまだ下り道です。
八丁という所に来ました。「八丁のコル」ともいうそうです。「コル」とは何ぞやと調べると尾根上のピークとピークの間の標高が低くなった箇所だそうです。だから下り道が続いていたんですね。
いよいよ本格的な登りに入ります。
試しの鎖です。写真は下山時に撮りました。残念ながら登り時は見落としてう回路を進んでしまいました。
開けた所に出てきました。山頂はガスに覆われているようです。
王子社です。ご挨拶して進みます。
一の鎖、33mの岩場の壁を登ります。
一の鎖クリアー。
上から下を撮りました。
頂上のガスが少し取れました。中腹に建物のようなものが見えます。
鳥居がありました。
これから先は奥宮の境内ってことでしょうか?
建物のようなものが見えていたのは公衆トイレ休憩所でした。
正面階段を上がって左が二の鎖、右が二の鎖迂回ルートでした。
気付かずに右に行ってしまいました。
標識です。
後で調べて分かったのですが「石鎚山頂」「成就・土小屋」「二の鎖」と書かれているのですが、「二の鎖」が木の葉で隠れています。
この標識を見て山頂方向に進みました。悔しい。
三の鎖です。
しかし、二の鎖を見落としていたので二の鎖と思って登りました。
三の鎖(登山時は二の鎖と思っていた)をクリアーして下を撮影。
二の鎖と思い込んでいたので、「次の鎖を登れば頂上」と思っていると頂上らしき所に出てきました。思わず「ここ頂上ですか?」と聞きました。
ネット情報では登山時間3時間30分と書かれていたので、3時間の12時頃登頂と思っていました。時刻は11時30分と30分早い。もう一つ鎖場があると思い込んでいたので頂上到着も「もう着いたん?」って感じでした。
気を取り直して奥宮参拝。
周りはガスで真っ白です。
頂上の看板です。
昼ご飯を食べているとガスが晴て来ました。
最高の眺めです。
写真中央の三角の尖ったところが1,982mの天狗岳です。
天狗岳に行くには左右が断崖の細い岩場を行かなくてはなりません。行っている人もいましたが、「足を踏み外せば落ちて死ぬ」と思うと怖くて行けませんでした。
12時に下山を始め、2時過ぎにロープウェイ乗り場まで下りて来ました。
ロープウェイを下りた所にある石鎚温泉で汗を流し、3時過ぎに帰路につきました。「運転大丈夫か?眠くならないか?」と心配でしたが、眠気にも襲われず8時過ぎに家に到着しました。
「試しの鎖」と「二の鎖」を見落としてしまったのが悔やまれます。富士山で初めてプリンスルートで登ったときは登山道の予習を何度もやりましたが、今回は予習をして行かなかったことが鎖場の見落としに繋がってしまい後悔しています。しかし、怪我無く、事無く強行スケジュールの石鎚山登拝が出来たことを神様に感謝いたします。
令和7年秋のご来光(令和7年9月6日、7日)
5日は台風の影響で雨でしたが6日、7日と天候に恵まれご来光を拝むことが出来ました。
9月7日
ご来光前、今日も雲一つ無く綺麗に二上山が見えています
昨日程ではありませんが、今日も十数名の方々がご来光を待っています。
ご来光が始まりました。少し雌岳寄り。
下拝殿奥より
9月6日
早朝5時40分、境内駐車場はほぼ満車状態です。
ご来光を待つ多くの方々
ご来光前の二上山
5時50分頃雄岳と雌岳の間から太陽が昇り始めました。
眩しい。
下拝殿から差し込む光
本殿に向って真直ぐに伸びる影
厄難除けおき変え祭(令和7年9月4日)
平成30年台風21号に襲われた時に神様の御神威による奇跡的な出来事で大難を小難に変え末社のお社崩壊を防せいだ事に由来し令和元年から始めたお祭りです。
今年も厄難除けの御利益を戴こうと多くの方々の形代が納められました。
厄難おき変え祭が終わり、厄難おき変え神事に並ぶ参拝者
神様の御神威により大難を小難に変えた場所に形代を納めて厄難除けの御利益を戴きます。
スズメバチの巣駆除(令和7年8月20日)
昨日、社務所裏の生垣の剪定をしようと準備していたら、生垣の中にスズメバチの巣を発見したので、慌てて離れました。スズメバチ対応が直ぐに出来るようにと「スズメバチ撃退スプレー」は常時置いています。巣はトイレの窓の真正面だってので、先ずはトイレの窓から巣を目がけて1本の撃退スプレーを噴射。1時間ほどして、巣の周りにスズメバチが飛んでいないことを確認し、安全のため合羽を着て巣に近付き巣の出入り口から中めがけてもう1本撃退スプレーを噴射し、土嚢袋で巣を覆い除去しました。
外に出ている働きバチは夕方になれば戻って来るので、夕方には巣のあった所の周りを数匹のスズメバチが飛んでおりました。残党に攻撃されたら危ないので残党を捕えるため、試しにゴキブリホイホイを巣のあった所に取り付けて様子を見ました。
何時スズメバチの巣を発見するか分からないので、常時撃退スプレーを置いています。
ゴキブリホイホイで捕れるか試しに置いてみたところ、なんと残党が13匹もくっついていました。2~3匹かと思っていたのでこんなに捕れて驚きです。
残党を放っておいて生垣の剪定をしていたら刺されるところでしたね。
富士山浅間大社奥宮登拝(令和7年8月6日)
47歳の時に初めて富士山に登り、それから「還暦まで毎年登る」と決めて今年はその還暦となりました。12回目の富士登山です。(令和2年がコロナのため山開きがなかったので12回目です)
過去は吉田ルート2回、富士宮ルート1回、須走ルート1回、プリンスルート2回、御殿場ルート5回(初めての御殿場ルートは足が攣って登頂を断念)です。
今年は還暦登山ということで「御鉢巡り(山頂を一周回ること)」をするため一番体力が温存でき、また過去2回下山時にルートを間違えたので、何処で間違えたのか検証するためにプリンスルートで登りました。
午前6時の始発のシャトルバスに乗るため
午前5時20分に水ヶ塚公園に到着。富士山は綺麗に見えています。ただ頂上には厚い雲が掛かっております。頂上に着く頃にはスッキリと晴れ渡ってくれることを願いつつバスに乗りました。
富士宮ルート5合目は2400mです、同じ5合目でも吉田口は2300m、須走口は2000m、御殿場口は1440mです。富士宮ルートと御殿場ルートは約1000mの標高差があります。プリンスルートは富士宮口より出発して宝永山をトラバースして御殿場ルートで頂上を目指します。御殿場ルートは前半は超過酷ですが後半は比較的登りやすいルートです。プリンスルートは最も高い地点から出発の富士宮ルートと後半が登りやすい御殿場ルートの良いとこ取りをしています。
午前6時40分、登山開始です。
平日なので空いています。
頂上を覆っていた厚い雲はいつの間にかなくなり晴れています。
下界は雲海が広がっています
富士宮ルートとプリンスルートの分岐点で自撮りしました。
右中央に見える四角く開かれた所が車を駐車している水ヶ塚公園です。
宝永山第一火口縁を下りた所からみた山頂です。
こちらは宝永4年噴火で誕生した宝永山です。標高は2693mです。
御殿場ルートに向かう宝永山遊歩道は道があるのか無いのかわからない岩場があります。
過去2回この岩場を通り過ぎた先で道を間違えた事がわかりました。
地図の三叉路になった所が先程の写真の岩場を通り過ぎた所です。正しいルートは左斜め上に行くルート。しかし三叉路に来て前方には富士山休養林ハイキングコースの道が見えています。ちゃんと標識はあるのですが過去2回は前方が真っ白なガスの中を歩いたので標識を見落とし、 富士山休養林ハイキングコース を進んでしまったことが分かりました。
三叉路にある標識1
三叉路にある標識2
晴れていれば標識を確認出来てルートを間違う事は無いですが、ガスに覆われると1m先も見えない真っ白な世界になり標識を見落としてしまいます。もしプリンスルートで富士登山をされる方がいましたら参考にして下さい。
宝永山馬の背に向かうルートです。
前には誰もいません。
振り返っても誰もいません。
今年から入山料が4000円と3000円値上がりし、平日の水曜日だからか、宝永山中腹には私1人です。
宝永山馬の背近くでようやく下山者の方に出会いました。
宝永山馬の背です。ガスが掛かってきました。これからが前が見えなかったら不安な
ルートなのにと心配しましたが、真っ白な世界にはならずに済みました。
ご来光を見られた方々が続々と下りて来られました。
御殿場ルート下山道(大砂走り)から宝永山に向かう分岐点です。下山時ここを間違えると大変なことになります。
間もなく御殿場ルートに合流する地点で振り返って歩いてきたルートを撮りました。
左斜め上に写ってる山が宝永山です。
御殿場ルートに合流しました。
先程は宝永山が見えていたのに、振り返ると真っ白で宝永山が見えません。
3000m地点に到着
3000m看板をバックに自撮り。
山小屋砂走館に到着、小休止です。
足の攣り防止のために芍薬甘草湯とエネルギー補給にQ&Pαチャージを飲みます。
5分程休憩して一気に山頂まで行きます。
山小屋赤岩八合館です。
山小屋「赤岩八合館」から分かるように、ここから赤い岩で山肌が赤くなります。
これより上は浅間大社境内となります。一礼して進みます。
6回目にして石碑がある事に始めて気付きました。「長田尾根登山道建設記念碑」と刻まれてます。
頂上に近付いて来ました。これから先は岩場をすり抜けて進みます。
山頂に入る鳥居が見えました。
午前11時40分、5時間かけて登頂です。
御殿場ルート頂上の直ぐ前に「銀明水」があります。今回はお鉢巡りをするので「金明水」にも行きます。
金明水・銀明水は雪解け水が溶岩の間からしみ出ているもので山頂に出る貴重な水という事で祀られています。
浅間大社奥宮です。平日なので昨年に比べて半分以下の人です。
浅間大社奥宮前で自撮り。
参拝してからお鉢巡りに向います。
お鉢巡りの難所、最高峰の剣ヶ峰(3776m)です。この斜度のキツイ坂を登らなければなりません。
3776m地点です。日本で今一番高い所に立っています。
剣ヶ峰から火口(大内院)を見下ろします。
右側中央にある建物が浅間大社奥宮です
剣ヶ峰にある気象観測所
剣ヶ峰を後に時計回りに進みます。
大沢崩れと言われる場所?かな
すごい崖で足がすくみます。
大沢崩れでは岩の崩落が続いているそうです。大規模な土石流の被害を防ぐため麓では
様々な対策が取られているそうです。
火口の底に建物の様な物があり、黄色いシートのような物が拡げられ水が溜まっているようです。なんだろう?
火口の一番底辺りから見た剣ヶ峰です
火口の底の道脇にピラミッドのように石が積まれてあります。
やっと「金明水」に着きました。
お鉢巡りルートから外れて火口に下ります。
また登るのはしんどいですが、お鉢巡りをされる方は是非金明水に行って下さい。
ゴルフ場があり、湖が見えています。
地図で調べると西湖のようです。
吉田ルート・須走ルートの山頂の久須志神社に着きました。
久須志神社に参拝して先に進みます。
山口屋、扇屋前です。こちら側も人は少ないです。
この湖は河口湖ですね。
吉田ルート下山道を下りる人々。
頂上真反対側から剣ヶ峰を望む
銀明水の所まで戻って来ました。
一周約1時間30分です。
おにぎりを食べて午後1時30分に下山を開始し、午後4時過ぎに富士宮口まで下りて来ました。シャトルバスは1時間に1本、4時のバスに乗りたいと頑張って下山しましたが間に合いませんでした。
頂上では風が強かったものの、青空が広がり念願のお鉢巡りもでき、富士山の大自然を満喫致しました。
御殿場ルートに合流し少し歩いていると御殿場ルートから登って来た方に抜かれました。「健脚ですね」と声をかけると「いえいえ」と言いつつ軽やかに登って行かれました。9合目辺りですれ違う下山者の中にその方が居られました。「登りに健脚ですねとお声を掛けさせて頂いた方ですね」と話しかけ、ちょっと会話をしました。「御殿場ルートから登ってこられたんですよね?」と尋ねると「御殿場ルートは前半きついですよね」と言いつつ、疲れも無く爽やかな笑顔で話されていました。私は過去5回御殿場ルートで登っておりますが(1度は足が攣って断念)、最後は足が攣らないよう牛歩の歩みでの登頂ですので、あの方は「凄い」としか言いようがありません。
「富士山に登る」という目標があるからこそ、毎年5月から3か月間のトレーニングに励め、体力を保つことが出来るのだと思います。これからは「来年も登る」と目標を掲げて体力を保ち、若さを保ちたいと思います。
来年は須走ルートでの登拝したいと思います。
居合剣術ご奉納(令和7年7月18日)
名誉宮司が腰の施術でお世話になっている原賢志先生により、新伝水心流居合剣術平法の型と試斬演武をご奉納頂きました。
鞘から素早く刀を抜き様々な刀捌きは見事でした。
真剣に持ち替え丸めて立てたゴザを左右と刀を振り下ろし切り落とす演舞は圧巻でした。
型
試斬演舞
夏季大祭・夏越祓い
(令和7年7月15日)
天気が良く、非常に暑い中、夏越祓い続いて夏季大祭を執り行いました。
バケツに入れられたススキで各々思い思いにミニ茅の輪を作り、無病息災のお守りとして持ち帰りました。
茅の輪神事夜の部も多くの方々が集まり、茅の輪を潜りました。
午前11時からの夏越祓い。非常に暑い中、鳥居を超えての長い列が出来ました。
夏越の祓いに続いて夏季大祭
椅子に座れない程の沢山の方々のご参拝を戴きました。
無病息災のお守りのミニ茅の輪
茅の輪神事 夜の部
午後8時沢山の方が集まりました。
茅の輪作り(令和7年7月14日)
午前中にススキを刈り取り、1本1本選別して茶色く枯れた葉を取り除き、長さを揃えて前準備をしました。
午後から直径180cmに作った竹の輪にススキを巻き付けて茅の輪をつくり、竹の枠に取り付けて茅の輪完成。
恐るべし木の根(令和7年6月13日)
本殿の雨水会所の掃除をしました。
前回は2~3年前に下と思いますが、会所と会所を繋ぐパイプの中に根が伸びていて、引っ張り出すと「こんなに伸びるか!」と思わず声が出ました。
長いもので熊手2本分です。
プランターで苗植え(令和7年6月4日)
新嘗祭でお供えする稲穂を育てるためにプランターに苗を植えました。
土と苗は毎年、妻の実家でいただきます。土は苗を植えたら良いだけの状態にしてプランターに入れて持って来て下さいます。本当に感謝です。
私は苗を植えて後は水の管理だけです。
新嘗祭では黄金色の見事な稲穂がお供え出来ますように。
漆の花(令和7年5月22日)
上拝殿の北側に漆の木があります。
ふと見ると満開の花を咲かせておりました。
毎年咲いていたと思いますが、今年まで気付きませんでした。
やまと舞・やまと神楽奉納(令和7年5月12日)
今日5月12日は巳の年、巳の月、巳の日ということで巳の神様である当社と大神神社でやまと舞・やまと神楽をご奉納して頂きました。
雨天の森は危険(令和7年5月10日)
5月9日夜に大雨があり、雨が上がった10日に榊を取りに涙だれの梅庭園に行ったら御神木の上部が折れ落ちて
石玉垣が2本折れる被害がありました。
この御神木の上部が枯れている事は把握しておりました。折れ落ちたら危険なので切らないといけないなと植木屋さん
に相談をしていましたが、その前に雨が染みて重くなり折れ落ちてしまいました。
このようなことは年に一度くらい森のどこかで発生しておりますが、今回は参拝者が居てもおかしくない所で発生しました。
雨天の森は何時上から枯れ枝が折れて落ちてくるかわからない非常に危険な状態となります。どうぞ雨天時に森に入る事は控えていただきますようご注意下さい。
御神木の幹の先端部が枯れていて、雨水が染みその重みで折れ落ちました。
片付け終わると石玉垣が2本折れていました
直ぐに片付けが出来るよう大中小刃の長さが知違う3種類のチェーンソーを常備しております。今回は久しぶりに刃の長さが一番長い大のチェーンソーを使い、片付けにほぼ半日掛かりました。
日韓国交正常化60周年周年記念
朝鮮時代通信使特別展
「心の交わり、余韻は波の如く」
於:ソウル歴史博物館
開催期間:2025,4/25~6/29
に当社「朝鮮通信使絵馬」が展示されています。
下拝殿壁から取り外されました。
埃などを丁寧に取り除き、現状態を細部までチェックされています。
箱に入れられて、出発しました。
ソウル歴史博物館館長様からの借用書
朝鮮時代通信使特別展
「心の交わり、余韻は波の如く」
のポスターです
招待状を頂きました。
春季大祭(令和7年4月15日)
心配された雨が朝で止みましたが、冬のような冷たい空気に入れ替わり寒さを感じる中、春季大祭を仕え奉りました。
下拝殿には草月流木下麗泉様奉納の生け花が飾られ、祭典では西垣葉子様によるバイオリン演奏奉納、生ズ命(上杉博美)様によるアースリズムダンス奉納、笠谷文様によるオカリナ演奏奉納が行われ、神様と共に参拝者の皆様も楽しまれました。
草月流 木下麗泉様奉納の生け花
バイオリン演奏 西垣葉子様
愛のあいさつ、あの日の川、早春賦の3曲を演奏されました
オカリナ演奏 笠谷文様
ふるさと、からたちの花、祝水歌(オリジナル)の3曲を吹かれました
アースリズムダンス
令和7年春のご来光
今年はど真ん中の4月6日は曇り空でご来光を拝めませんでした。
5日、7日の前後はきれいな日の出でした。
令和7年4月7日
雄岳寄りから太陽が顔を出しました
南にズレながら上がるので、完全に顔を出した解きは雄岳と雌岳の真中に来ます。
真直ぐに日光が差し込むので影が真直ぐに伸びます。
令和7年4月6日
早朝から数名の方々がご来光を祈りますが
残念ながら厚い雲に覆われて6日は拝めませんでした
令和7年4月5日
日の出前
雌岳よりから上がってきました
5日のご来光です
満開の桜(令和7年4月5日)
数少なくなった当社境内の満開になった桜です。
社務所前
唯一元気な桜です
本殿裏
花が少ないように思います。来年はダメかもしれません。
桜が咲いております(令和7年3月30日)
梅は花を散らし葉っぱとなりました。
社務所前にあった2本の桜のうち1本は害虫にやられ枯れてしまいました。
その他の桜は元気よく花を咲かせてくれました。
社務所前
祖霊殿前
害虫にやられているのか、こちらは元気がありません、
本殿裏
光輝く稲荷社(令和7年2月23日)
天皇誕生日の朝、いつものように各お社にご挨拶に回っていたら、太陽の光が稲荷社に真直ぐに入っていて、お社がスポットライトを浴びたように光り輝いておりました。
ご本殿に真直ぐ朝日が差し込むのは4月6日ですが、ご本殿の北側にある稲荷社は天皇誕生日の2月23日午前7時前のようです。
桜の植樹(令和7年1月18日)
氏子さんがNPO法人神山さくら会から桜の苗木を取り寄せて下さり、枝垂れ桜(神山枝垂桜)の苗木2本、八重桜(神山桜)3本を神社境内に植樹致しました。
しっかりと根付いてくれますように。
枝垂れ桜(神山枝垂桜)
神輿倉の西側。元々ここに枝垂れ桜がありましたが残念ながら枯れてしまいました。
今回は大きく育ちますように。
涙だれの梅庭園にも植えました。
梅が咲いてその後桜が咲くと楽しみが増えます。
八重桜(神山桜)
下拝殿向かって右側の狛犬裏手
上拝殿 お百度石東側
ここにも元々ソメイヨシノがありましたが
こちらも枯れてしまいました。横に写っている「喜友会」の石碑はソメイヨシノ植樹の際の記念碑です。
涙だれの梅庭園石碑の裏手
枝垂れ桜、八重桜と1本づつ植えました。
朝日に映える紅葉(令和6年12月9日)
早朝、紅葉が朝日に映えて輝いていたので写真を撮りました
絵画奉納(令和6年10月5日)
当神社総代であり、富田林市美術協会会長の植木啓次様より、秋祭りの神賑行事である稚児社参、乙女舞、神輿渡御と地車宮入を描いた絵画2枚をご奉納頂きました。
色鮮やかで、秋祭りの賑わいが伝わってきます。間もなく迎える秋祭りに花を添えて頂きました。下拝殿に飾っておりますのでご覧ください。
平成の御造営前の下拝殿は天井に隙間なく奉納絵馬が掛けられておりました。
御造営後は朝鮮通信使の絵馬だけを壁に取り付けあとは何も掛けられていませんでしたが、今は割拝殿北側の3面の壁が埋まるまでになりました。
神社略記看板の隠された謎解き
当社境内にある略記を記す看板は平成2年5月にご寄付頂いたものです。30年近く、全く気付きませんでしたが令和になってから何気なく看板をみたら、神社名のフリガナ部分の印字が歪んで乱れている事を見つけました。「看板屋さんの印字ミスやな」と思い、もはや30年も前の事、今更「修正してください」とも言えず、そのままにしておりました。
数年前、参拝者の方から「略記神社名のフリガナが歪んだ字になっているのは何か意味があるのですか?」と質問をうけ「いえ、単なる印字ミスです。」と答えました。
ところが先日「TOLAND QUEST」のロケがあり
当社で何度かハンドパンの奉納演奏をして頂いているageちゃんが「美具久留御魂は川を泳いだ神様なので、フリガナが泳いでいるでしょ」と紹介されていました。
それを見て「そうか、単なる印字ミスじゃなく、御神体を現すためにこんなところに謎解きが隠されていたのか」と目からうろこでした。数年前に「単なる印刷ミスです」と答えたことに対し神様はきっと「アホ !」と呆れていたんだろうなと思います。
考えてみたら、看板冒頭の文字がこんなに歪んでいたら、看板屋さんを始め、誰かが気付く筈。それが30年以上の間、修正することも無くそのままであったのは、神様がわざとお名前のフリガナの字を歪み泳がせて自らの御神体を表したという神様からのメッセージであったことに他なりません。
ageちゃん、謎をといてくれてありがとう。
そして美具久留御魂大神様、今まで気付かず申し訳ございませんでした。
令和6年 秋のご来光
9月5日、6日、7日と二上山に少し雲が掛かっていたりもやがあったりしたものの、3日間ともにご来光を拝むことが出来ました。
6日はご来光の後、朝日を浴びながらageちゃんが奉納演奏をしてくれました。
(ageちゃんは毎年奉納演奏をして下さっています)
朝鮮通信使絵馬が韓国で展示
ソウル歴史博物館で2025年4月25日~6月29日の間「日韓国交正常化60周年記念特別展 通信使」が開催され、その展示物の1つとして当社の通信使絵馬が展示されることが決まりました。
5月16日にソウル歴史博物館の館長様・学芸員様や日本のスタッフの方々が来社され打合せをしました。
朝鮮通信使絵馬
5月16日に打合せが終わって社務所前で記念写真を撮りました。
(向かって左端の方がソウル歴史博物館の館長様です)
宮川大助さんが来社
(令和6年4月23日)
夫婦漫才の大助花子の大助さんが来られました。
当社では月一で「古事記のものがたり」の著者小林清明さん・宮崎みどりさんの「先代旧事本記とニギハヤヒ研究会」があります。それに参加のために来られました。
2~3日前に「5年振りにNGK本公演登場」の記事を読んだばかりで「元気にされてるんだ」と思っていた時に本人さんが来られたので驚きでした。
古代のことにお詳しく、花子さんの介護をしながら空いた時間には古代のロマンを追いかけておられるようです。花子さんを大切にし、自己研鑽に励まれる大助さん。尊敬します。
市の文化財登録(5/27)
当社所有の朝鮮通信使絵馬が富田林市指定民族文化財に5月26日付けで指定されました。指定4点目だそうですが有形の民俗文化財としては第1号だそうです。
お正月に参拝者の方から「森でこんな物を拾いました。土器の欠片じゃないでしょうか?」
と渡されました。
確かに土器の欠片のような感じなので市役所の文化財課に調査を依頼しました。
調査結果
3世紀から約400年、地域の有力者を葬るために土を盛り上げて丘のようにした墓が作られました。これを古墳と呼び、この時代を古墳時代と呼んでいます。
古墳の上には、埴輪と呼ばれる焼き物が並べられることがありました。埴輪には土管のような形の円筒埴輪、円筒埴輪の上が大きく拡がる朝顔型埴輪、人物や動物、鳥、家、武具などを模した形象埴輪などがあります。
これらのうち、今回お預かりしたものは朝顔型埴輪の一部だと考えられます。
最近の研究で、埴輪の胴に貼り付けられた粘土の帯(突帯)の形や、粘土から形づくる時に使った薄板の痕跡(ハケ目)などの特徴から、おおよその時代が分かるようになりました。
お預かりした埴輪は全体にすり減っていて時代が分かるような特徴は見にくくなっていますが、外側の面に方向が不均一な横向きのハケ目が見られます。このハケ目は4世紀頃、古墳時代ではやや古い時代の特徴を示しています。
石碑建立
「清心会」は半世紀に渡り神明奉仕に励まれ、「鎮掛会」は半世紀に渡り己を磨き祈りを捧げて来られましたが、会の皆様がご高齢となった為、令和3年3月に解散されました。
長年に渡るご功績を称え、「清心会」「鎮掛会」の名を残すために石碑を建立し、12月20日に石碑建立奉告祭を斎行いたしました。
二上山が浮かび上がりました
普段の夕方5時ころの二上山です。
こんな風に見えています。
9月18日夕方5時頃の二上山です。
この日は朝から台風14号が紀伊半島に上陸通過し、朝は雨でしたが昼からは時折お日様が顔を出しました。
夕方には二上山にスポットライトが当たったように浮かび上がりました。何とも神秘的!
昭和初期の御朱印
氏子さんが「天井裏の物置を片付けていたら出てきました」とわざわざ持ってきてくれました。
昭和4年の当社の御朱印です。筆跡は私の曾祖父のようです。 私が生まれた時には曾祖父はもう居りませんでしたが、「御朱印をしっかりかくのだぞ」と言われているようで。100年後に私の書した御朱印が出てきて、私の曾孫に「曾爺さん、字下手」と言われるのかなと思ったりしてます。
押されている朱印で大きな角印の「大国宮」が無いので
復活させました。(右写真)
押されている3つの朱印で大きな角印の「大国宮」が
復活した「大国宮」の角印です。
下は「涙だれの梅」の御朱印予定の原画を置いてみました。令和記念事業「涙だれの梅庭園」が竣工したら涙だれの梅御朱印を始める予定でおります。
その御朱印にこの「大国宮」の角印も押させて貰おうかと考えております。