色鮮やかな紅葉でほっこり(11月28日)

猪に苔を荒らされる防止対策としてセンサーライトを取付、忌避剤を取付て効果を期待しましたが、その甲斐無く、また荒らされました。「くそ―」と思いながらトンボを持って荒らされた所を均し回っている時、ふと上を見ると紅葉が色鮮やかに朝日に映えていて心が鎮まりました。

絵画奉納奉告祭(11月25日)

11月7日にご奉納頂いた、4月6日の二上山雄岳と雌岳の間からの日の出を墨彩画で描いた「春の日の出」の奉納奉告祭を執り行いました。

奉納奉告祭にご参列頂いた皆様で奉納絵画(春の日の出)前で集合写真

奉告祭に小原流の生け花で飾って頂きました。

紅葉

昨日の風雨で少し落ちました。
19日撮影の写真と比べて紅葉が進んでいるのがよく分かります。
(11月21日撮影)

紅葉が見ごろです(11月20日)

祖霊殿前の紅葉です
写真は11月19日撮影

大階段中腹から下拝殿に向を見たものです。
朝方、朝日に映え非常に綺麗です。宮司お気に入りです。
11月19日撮影

宮司宅前栽の紅葉です。
なかなか見ごたえあります。
11月19日撮影

天分水舞(あわみまい)ご奉納 

11月8日

去年、一昨年と天麻那舞としてご奉納頂いておりましたが、独立され天分水舞(あわみまい)として新たにスタートされました。

まないのころも

清らかな真名井で天女が優雅に美しく舞うイメージの舞です。

童神の舞

大神様が沢山の童子たちの成長をあたたかく見守ってこられた、そんなイメージから出来た舞で、凄く心が和みました。

絵画ご奉納(11月7日)

4月6日春のご来光を描いた墨彩画  玉彩(川邉和子)様の作品です。
下拝殿にてご覧頂けます。

伊勢大神楽(10月24日)

毎年、秋祭りが終わっての風物詩です。
迫力ある獅子舞を私、家内、親父と参拝された方の4人で見ました。
沢山の人に見てもらえないのが残念です。事前に来られる日のハガキを頂くので来年は掲示板で予告しようと思います。

猪の被害(10月23日)

今までは本殿裏の山では度々、耕された様な猪が掘り起こしたあとがありましたが、裏なので然程気にしませんでしたが、今朝は下拝殿まで下りてきたらしく、下拝殿周りの苔が無茶苦茶にされていました。長年かけて生えた苔なのに一晩でこの有り様です。涙  ( ;∀;)  頼むからこれ以上荒らさないで!

秋季大祭(10月14日~16日)

     先ず初めに、この秋祭り始まりの14日に同じ富田林市内で地車横転の死亡事故、そして16日に当社宮入の地車が宮入時に見物の方を巻き込む事故を起こしたことに対し、亡くなられた方のご冥福をお祈りし、怪我をされた方へお見舞いを申し上げ、一日も早くご回復されることをお祈り致します。

14日(金)

14日本殿祭   午後8時斎行
本殿祭前の装飾されたご本殿です。

湯立神事
献饌 (お供え物を供える)後、湯立神楽を舞ってお湯をお供えし、その後笹でお湯を勢いよく撒きます。

15日(土)

午前0時に下拝殿に置かれた神輿に神様をお遷しし、午前10時30分 神輿前で頓宮祭を執り行い、その後、当番町(今年は川面町・桜井町)の子ども達による神賑行事がおこなわれました。

稚児社参  午後1時

お稚児さんが元気いっぱいに来られました。

乙女舞奉納   午後2時30分
奉納前にお祓いを受ける子ども達

9月から稽古して覚えた豊栄舞を奉納いたしました。

神輿渡御 

令和2年は中止、令和3年は大人により境内を往復のみでしたので、今年は3年振りの神輿渡御でした。



神輿と鳳輦を担いで元気よく御旅所へ向かいました。

16日(日)

午前9時30分から後宴祭を執り行い、その後12台の地車が宮入しにわかを奉納いたしました。3年振りの地車宮入でした。

奉納にわか


各町時間をかけて稽古した「にわか」を神様に奉納しました。


奉納にわかを終えたあとは勢いよく地車を動かします。

秋の御来光(9月5日、6日)

台風11号が接近してくるため、天候を心配しておりました。しかし、少し雲がかかっておりましたが、両日ともにご来光を拝むことができました。

9月5日

日の出前、鳳凰の形をした雲が照らされて火の鳥が羽ばたいているように見えます。
(写真氏子様提供)

ご来光です。
(写真氏子様提供)

少し上がったら眩しくて目がおかしくなりました。

私は下拝殿からまっすぐに伸びた影の光景が好きです。

9月6日

日の出前、今日はウサギが居ます。9月10日は中秋の名月、「今月の主役はお月様」とウサギが太陽が出るのを押さえているようです。
(写真 氏子様提供)

ウサギの勝ち。
日の出の瞬間は雲で遮られました。

少し上がったご来光です。

早朝から沢山の人がご来光を拝みました。

富士山頂浅間大社奥宮参拝

8月5日、9回目の富士登山に行ってきました。今年はプリンスルート(富士宮5合目から出発して宝永山を経由して御殿場ルート6合目から頂上へ向かうルート)です。静岡の天気予報は曇り時々雨、所により雷を伴って激しく降るでしょうとのこと。最悪と思いつつ。

天気予報が外れて薄曇りですが富士山が綺麗に見えていました。

富士宮5合目から見た下界です。雲海が広がっていました。

午前7時前、登山開始。

富士山山頂矢印は富士宮ルート、プリンスルートは宝永山に向かいます。

宝永山までは平坦なルートなので快適に歩きました。

宝永山です。
宝永大噴火で誕生した側火山です。

宝永山第一火口縁から登り開始です。御殿場ルート6合目を目指します。

宝永山第一火口縁から見た富士山山頂です。

前も後ろも誰も居ない。

先程まで頂上が見えていたのにガスに覆われました。

宝永山馬の背、初めてのルートで先が見えないので少し不安になりました。

少しして、ガスが晴れ、頂上が見えました。ひと安心。

綺麗な雲海です。

御殿場口6合目の案内標識が出てきました。

また真っ白な世界です。

御殿場口6合目に到着。
これからは登り慣れた御殿場ルートです。

登って来たルートを振り返りました。真ん中が宝永山です。

3,000Mに到着。出発から2時間ちょっとです。
昨年はここまで来るのに4時間半かかたのに、プリンスルートで2時間半のショートカットです。

3,000Mから見下ろした下界です。下界は曇りか雨が降っているのか?

ここからは浅間大社の境内になりますが、「奥宮境内」の看板が無くなっている。

去年はこのようになっていました。
「御殿場口登山道」の看板も倒れていたし、丸太の階段が少し埋もれていたので落石があったのかな?

今まで一人で登って来たのに、頂上近くで少し渋滞です。

渋滞は2組の団体さんのようで、道を譲って下さいました。この岩場を抜ければ頂上です。

午前11時21分、山頂に到着。4時間半でした。
頂上は快晴でした。

浅間大社奥宮に参拝。

9回目にして、初めて3,776Mの剣ヶ峰に登りました。右の建物は気象観測所です。

剣ヶ峰から浅間大社奥宮の方向を撮影。

頂上でおにぎりを食べて、12時半に下山開始。少し下りたところで水滴混じりのガスが上がってきました。雨雲のようなので直ぐに合羽を装着、案の定少し下りたら雨になりました。順調に下山していたのですが、宝永山第一火口縁のところで前が真っ白になり、通った道を歩いていたつもりだったのですが、どこで間違ったのか「こんなところ通っていない」って所に。石に白ペンキが塗られていたので、それを頼りに歩いていると「宝永山第二火口縁」との標識。「やっぱり違う道来たわ」と不安になりましたが少し行くと「富士宮口5合目」の標識が出て来たのでそのまま標識が指す道を進みました。途中で木に「熊出没注意」との看板が貼られていてまた不安になり速足で歩き続け、何とか富士宮口5合目まで辿りつきました。後で地図を見たら「宝永山遊歩道」を帰らないといけないのに道を間違って「富士山休養林ハイキングコース」を通ったようです。最後にトラブルがあったけど、無事に下山出来て良かったです。
また来年。

アーティスティックスイミング

乾選手、お礼参りに来社

7月17日、乾友紀子選手、井村雅代コーチ、栄徳篤志トレーニングコーチが来社されました。世界一の金メダルを神様の前に置き、奉告祭を執り行いました。

テクニカルとフリーの2つの金メダルです。左が表、右が裏です。

乾選手と記念撮影

世界一の金メダルを乾選手直々にかけて下さいました。

左端は私の高校時代の陸上部の同期です。ASの音楽を担当しいることから当社のみぐくるみたま(水泳魂)の事が井村コーチに伝わりました。

禰宜が先導して茅の輪くぐりをして頂きました。

夏越の祓いで疫病(コロナ)から免れる御利益を頂いて、来年7月の福岡での世界選手権にむけて頑張って下さい。

夏越の祓い

通常は6月30日ですが、当社は7月15日の夏祭りに合わせて行います。
午前11時と夜の午後8時の2回 執り行いました。

アーティスティックスイミング

乾友紀子選手  フリーも 金メダル 

おめでとうございます。

5月27日、必勝祈願で奏上した祝詞です。書き終えた後日の夕刊に乾選手の記事が出ておりました。
「バイクトレーニングをして、しなやかな脚に筋肉の凹凸をつけて迫力を出す」
「95点を目指している」
記事に書かれていたこの事を神様にお伝えするため鉛筆書きで少し祝詞を修正し当日奏上しました。
「95点を得て高き誉の台へ導き給え」と御祈願させてもらった通りに成就しました。
神職としてもこんなに嬉しいことはありません。

アーティスティックスイミング

乾友紀子選手   金メダル

5月27日当社にて必勝祈願をして挑まれた、ハンガリーブダペストで開催されている水泳世界選手権アーティスティックスイミング、ソロテクニカルルーティンで金メダルを獲得しました。おめでとうございます。
この調子で次のソロフリールーティンも活躍を期待します。がんばれ!

アーティスティックスイミング

世界選手権必勝祈願(5/27)

アーティスティックスイミング日本のエースで世界選手権ソロに出場される乾友紀子さんが、井村雅代コーチ、栄徳篤志トレーニングコーチと共に必勝祈願にご来社されました。
当社は「山河之水泳御魂(やまかわのみくくるみたま)・・・」のご神託よりみぐくる御魂大神と称えまつる、水を潜った御魂がご祭神です。
水泳御魂と共に舞い、神様のお力添えを戴いて表彰台の真ん中に立たれることをお祈りいたします。

市の文化財登録(5/27)

当社所有の朝鮮通信使絵馬が富田林市指定民族文化財に5月26日付けで指定されました。指定4点目だそうですが有形の民俗文化財としては第1号だそうです。

アースリズムダンス奉納

(5月14日)

生ズ命(ウズメ)様によるダンスを奉納して頂きました。
予定では山の奥津神籬の前で奉納予定でしたが、昨日の雨で足元が悪いし、大雨の後の森は枝が折れ落ちる危険があるので鎮魂殿に舞台を変えて頂きました。
ダンスと言うよりか舞ですね。鎮魂殿に鈴の音色が響きわたり華麗に舞う姿に
天の岩戸の前で舞った天鈿女命もこんな舞だったのかなと想像しながら見せて頂きました。

涙だれの梅庭園が竣工しました

令和奉祝記念事業である「涙だれの梅石碑建立」が竣工し、この場所を「涙だれの梅庭園」と名付けました。石碑と歌碑そして6本の梅の木が植えられています。竣工しましたが完了ではありません。今後も手を加えて「庭園」に相応しい所としてまいります。

涙だれの梅石碑建立竣工祭(4月10日)

(お詫び :本来ならば、竣工祭の日時を広告して皆様に周知していただくべきところではございますが、オミクロン株による感染拡大が未だ厳しい状況でございますので一部の方のみにご案内し小規模にて斎行いたしました。どうぞその旨ご理解賜りますようお願い申し上げます。)

祝詞で梅の木に害虫の被害無く毎年紅白の花を咲かせ、この石碑が当社の名所となり永遠に栄えることを祈願いたしました。

小寺博様による「涙垂れの梅」の歌謡奉納

最後に参列者揃って集合写真

奉納演奏(4月6日)

ご来光を拝んだ後、山頂天神遙拝所でハンドパン・ディジュリドゥとクリスタルボールの奉納演奏がありました。

ハンドパンの安慶名さんは年に数回奉納演奏をされます。
クリスタルボール奏者の方は淡路島から来られました。

演奏が終わる頃、木の隙間から光が差し込んできました。

地車宮入(3月27日)

桜井町の地車が修繕を終えて帰って来ました。
朝から出向いて入魂式を執り行い、式典後お披露目曳行で神社まで来られました。去年、一昨年とコロナ禍で秋祭りの地車宮入は中止しておりますので、2年半振りに境内に地車が入って来ました。老若男女こぞって地車を曳き神社に詣でる風景はやっぱりいいもんですね。
今年の秋祭りは例年通り14台の地車が宮入し盛大に仕え奉れることを祈ります。

3月20日 喜志稲荷祭

午前11時より喜志稲荷神社例祭を執り行いました。
舞台が変わり午後12時30分より和太鼓極の皆様による迫力ある太鼓奉納、終わると同時にほら貝が鳴り響き、大峯山阪堺役講岩組の皆様による柴燈大護摩供が執り行われました。点火で辺り一面煙が立ち込め、終盤は火柱が高らかと上がりました。終わって結界が解かれ、壇木を崩し、参列の方々が火の回りを歩きます。
稲荷祭の祝詞と大護摩供で「コロナ収束」を祈願いたしました。

節分祭・献灯祈願祭

(2月3日午後7時斎行)

オミクロン株が猛威を振るい感染拡大が厳しい状況の中、下拝殿から本殿への参道に208基の庭提灯を並べ、ロウソクを灯し節分祭・献灯祈願祭ならびにオミクロン株収束祈願を執り行いました。
提灯灯りで囲まれた幻想的な参道をご覧ください。


お正月に参拝者の方から「森でこんな物を拾いました。土器の欠片じゃないでしょうか?」
と渡されました。
確かに土器の欠片のような感じなので市役所の文化財課に調査を依頼しました。

調査結果
3世紀から約400年、地域の有力者を葬るために土を盛り上げて丘のようにした墓が作られました。これを古墳と呼び、この時代を古墳時代と呼んでいます。
古墳の上には、埴輪と呼ばれる焼き物が並べられることがありました。埴輪には土管のような形の円筒埴輪、円筒埴輪の上が大きく拡がる朝顔型埴輪、人物や動物、鳥、家、武具などを模した形象埴輪などがあります。
これらのうち、今回お預かりしたものは朝顔型埴輪の一部だと考えられます。
最近の研究で、埴輪の胴に貼り付けられた粘土の帯(突帯)の形や、粘土から形づくる時に使った薄板の痕跡(ハケ目)などの特徴から、おおよその時代が分かるようになりました。
お預かりした埴輪は全体にすり減っていて時代が分かるような特徴は見にくくなっていますが、外側の面に方向が不均一な横向きのハケ目が見られます。このハケ目は4世紀頃、古墳時代ではやや古い時代の特徴を示しています。

干支絵馬奉納

昨年に続き切り絵作家の岸佳美様にご奉納頂きました。愛嬌のある虎が神様を横目で見ています。
竹の向こうから来年のうさぎが覗いているのが面白いです。

石碑建立

「清心会」は半世紀に渡り神明奉仕に励まれ、「鎮掛会」は半世紀に渡り己を磨き祈りを捧げて来られましたが、会の皆様がご高齢となった為、令和3年3月に解散されました。
長年に渡るご功績を称え、「清心会」「鎮掛会」の名を残すために石碑を建立し、12月20日に石碑建立奉告祭を斎行いたしました。

令和4年の大注連縄完成(12月12日)

今年もしめ縄会の皆様により大注連縄を作って頂きました。
ありがとうございました。12月26日に吊るします。

二上山が浮かび上がりました

普段の夕方5時ころの二上山です。
こんな風に見えています。

9月18日夕方5時頃の二上山です。
この日は朝から台風14号が紀伊半島に上陸通過し、朝は雨でしたが昼からは時折お日様が顔を出しました。
夕方には二上山にスポットライトが当たったように浮かび上がりました。何とも神秘的!

昭和初期の御朱印

氏子さんが「天井裏の物置を片付けていたら出てきました」とわざわざ持ってきてくれました。
昭和4年の当社の御朱印です。筆跡は私の曾祖父のようです。 私が生まれた時には曾祖父はもう居りませんでしたが、「御朱印をしっかりかくのだぞ」と言われているようで。100年後に私の書した御朱印が出てきて、私の曾孫に「曾爺さん、字下手」と言われるのかなと思ったりしてます。
押されている朱印で大きな角印の「大国宮」が無いので
復活させました。(右写真) 


押されている3つの朱印で大きな角印の「大国宮」が

復活した「大国宮」の角印です。
下は「涙だれの梅」の御朱印予定の原画を置いてみました。令和記念事業「涙だれの梅庭園」が竣工したら涙だれの梅御朱印を始める予定でおります。
その御朱印にこの「大国宮」の角印も押させて貰おうかと考えております。