秋のご来光

9月5日~7日のご来光ですが、5日以外は二上山に雲がかかっていて拝めませんでした。残念!

9月5日

ちょっと雄岳よりのところからお日様が出てきました。

影が真っすぐにのびています。

完全に出たら眩しい。

9月6日

天気予報は曇りから雨でしたが、もしかしてを期待しての人が居られました。

残念ながら厚い雲に覆われご来光は拝めませんでした。

9月7日

雲がかかっています。

雲の隙間から僅かに光が漏れています。

日の出に向かって、安慶名さんのハンドパンの演奏と麗さんのエイトリングのコラボ。

アーティスティックスイミング

乾選手・井村コーチお礼参り(8月23日)

水泳世界選手権福岡大会でアーティスティックスイミングソロ2冠に輝いた乾選手と井村コーチがお礼参りに来られました。
2つの金メダルを神様に捧げ祀り、ご奉告の祝詞を奏上いたしました。
美具久留御魂大神の恩頼を頂いて、ブダペスト、福岡と連覇を達成されたことは神社としてもこの上ない喜びです。
昨年のブダペスト大会後にルール変更があり、事前に行う技を申請し、その技の出来栄えに点数が付けられ順位を争うというものです。一つでもミスがあれば順位を大きく下げてしまうという厳しいルール改正の今シーズン、ワールドカップを含めノーミスだったのは乾選手ただ1人だそうです。

なぜ当社に乾選手が御祈祷に来られるようになったかと申しますと、美具久留御魂の名前の由来は、出雲の祭祀の復活を告げるご神託「玉菨鎮石・・・山河之水泳御魂(やまかわのみくくるみたま)・・・」からきており、美具久留御魂は水泳御魂であれば「水泳」に御利益があるのではないかとかねがね思っておりました。私が宮司に就任した年に高校時代の陸上部の同窓会があり、宮司に就任したことを話したら「神社の御利益は何や?」との質問があり、「これは私が思っている事ですが、 美具久留御魂は水泳御魂 であるから水泳にご利益があると思うねん。水泳界に伝わったらいいんやけど。」というと、私の前に座っていた元主将が「井村さんに言うたろか」と。この元主将は音楽関係の仕事をしており、当時のシンクロナイズドスイミングのナショナルチームの音楽を担当し、井村コーチとは月に何度も会う人物でした。「是非お願いします。」と頼むと、その話が井村コーチに伝わり、井村コーチは非常に関心を持たれ、「東京オリンピックの選手達を連れて参拝します。」という事になりました。しかしコロナ禍の関係でその話は実現せず、代理で音楽担当の元主将達が来社され「東京オリンピック必勝祈願」をさせて頂きました。東京オリンピックが終わり井村コーチが直々にお礼参りに来られ、そして昨年のブダペスト世界選手権の前に乾選手と井村コーチが必勝祈願に来られたというです。
私が水泳に御利益があることに気付いたところ、神様がご縁を繋がれ「2年連続世界一」という形で、美具久留御魂大神様が「水泳」へのお力を示されました。
「水泳の御利益」もそうですが、私の一つの思いからご縁を繋いでいかれる神様の凄さに驚くばかりです。

富士山頂浅間大社奥宮参拝

(8月18日)

今年の富士山は最初8月8日に登る予定でしたが台風6号の進路がややこしかったので8月17日に延期しました。そしたら15日に台風7号が大阪を直撃し境内は木の葉や枝が散乱しました。16日に出発予定でしたが境内を放っておいて行くわけにはいかず、先に宿のキャンセルを入れ、15日の午後、風が止んでから掃除にかかりました。掃除中に本殿裏で大木が倒れていることに気付き、改めて森を歩き回ると稲荷社の東側でも木が倒れていて通り道を塞いでおりましたので16日の出発は諦めました。16日早朝明るくなってから兄、嫁と3人で掃除にかかり、参拝者の方もお手伝い下さり、一日かかりでブロアーが出来るところまで進みました。17日午前中で何とかなると目処が立ち、急遽宿を探し17日の午後から出発を決めました。17日も朝明るくなってからブロアーを始め、午前中で主だった所の掃除がなんとか終り、午後から静岡に出発し、18日晴天の下で登山をすることが出来ました。

午前4時前に御殿場口5合目駐車場に到着。例年なら第2駐車場に止めれるのに今年は満車で第3駐車場に車を止めました。登山者が最も少ない御殿場ルートでも今年は多いようです。午前4時10分登山開始。

ご来光前、東の空の朝焼けです。

歩き始めて10分程で大石茶屋があります。ここを通り過ぎれば6合目まで何もありません。

東の空が大分明るくなりました。間もなくご来光です。

日の出前の頂上です。雲一つなく晴れ渡っています。3日間の掃除で足が疲れているのか右太もも裏がツルような違和感が予防のため芍薬甘草湯を飲みました。

歩いていたら前を行く人が「ご来光ですよ」教えてくれ、後ろを振り向いてシャッターを押しました。

お日様が綺麗に出てきました。下には雲海が広がっています。

朝焼けで頂上が赤く染まる富士山

綺麗な雲海。絶景です。

完全に明るくなりました。快晴で日差しが厳しそうです。

御殿場ルートの前半は砂礫の坂道が3000メートル手前まで続きます。これが御殿場ルートの避けられる原因です。

連日ニュースで伝えられている吉田ルートは超満員にたいして御殿場ルートはガラガラです。

山小屋に物資を運ぶブルドーザーです。

歩いて3時間、最初の山小屋です。標高2590mです。今までずっと休業中でしたがリニューアルして営業していました。エネルギー補給のため一寸休憩。

少しガスがかかってきました。

歩いて4時間、6合目( 
2830m)に到着。砂礫の歩きにくい難所クリアー。

宝永山です。昨年は富士宮5合目から宝永山を経由するプリンスルートでここまできました。

約4時間半、やっと3000メートルに到着です。

2つ目の山小屋をスルーして3つ目の山小屋砂走館で小休止。右足もも裏の違和感はあるがつらずにここまで来ました。もう一度芍薬甘草湯を飲んで予防。エネルギー補給でカロリーメイトを取り出すと気圧の関係で袋がパンパンに膨れていました。

山小屋から下の風景

4つ目の山小屋赤岩八合館を過ぎると浅間大社の境内地になります。山小屋の名の通り一面が赤くなっています。ここから山頂まで90分。

山頂の鳥居が見えました。
あと少し。

午前11時15分。登り始めてから約7時間かけて登頂しました。違和感のあった右足も最後までもってくれました。

浅間大社奥宮に参拝しました。今年も無事にお参りさせて頂きました。

頂上からの眺め。10年目にして初めて駿河湾を見渡すことができました。

午後0時頃の浅間大社奥宮前。例年より人は多いですが混雑はしておりません。富士山入山規制とニュースで言われておりますが、あのニュースは吉田ルートで反対側の久須志神社側です。

3776mの剣ヶ峰です。沢山の人がうごめいているのが見えたので行くのを止めました。やはり吉田ルート側は人が多いようです。 

3710mの駒ヶ岳です。

駒ヶ岳から見下ろす。

例年より人が多いがこの程度です。

午後12時20分下山開始。
頂上近くはこんな岩場の間を縫って進みます。もし地震が起こればと考えると恐ろしいです。

ガスが上がってきました。暑さ対策でミスとが出たところがありますが、自然のミストです。

3000m地点から大砂走で一気に駆け下ります。それが御殿場ルートの醍醐味です。

大パノラマの中を駆け下りる大砂走ですが残念ながらガスで景色はお預けです。

午後2時46分御殿場口鳥居まで戻ってきました。大砂走りをノンストップで駆け下りたので下山の所要時間は約2時間半です。

晩御飯は10回目の富士登山が無事に終われ一人で祝杯を上げました。

今年は台風で出発を2度延期しましたが、「今年は止めよう」などの考えは全く無く、「台風の片付けを終わらせて行くんだ」という気持ちが強く、片付けのペースが上がり丸二日で終えました。
  5月から1時間走ったり、神社階段でトレーニングしたりと3ヶ月間かけて体を作ってきました。それも「今年も富士山に行くんだ」という目標があったからこそ3ヶ月間続けることが出来きました。どんな些細な事でも先ずは目標を置き、そして取り組むことが大事だと思います。
また来年も登ります。

台風7号被害(8月16日)

8月15日に近畿を直撃した台風7号。
通過後、平成30年の台風21号に比べれば、「大したことない」でしたが、
参道は木の葉や枝が散乱状態でした。森では木が3本根元から倒れていました。
そのうち1本は高さが10m超のコブナの木で本殿の直ぐ裏側にあり、本殿と反対側に倒れたから良かったものの、もし本殿側に倒れていたらえらい事でした。
老木で近いうちに倒れる可能性があったため、神様が今回の台風の東風で本殿と反対の西側に倒されたのかと思います。
またもや神様のお力で大難を無難にされました。

本殿参道 
見た目は大したことは無いですが、枝が沢山混ざっているのでブロアーは使わずさらいで掃除したので時間がかかりました。

稲荷社参道
本殿参道に比べ太い枝が沢山落ちていました。

本殿裏の倒木
巡回したときは全く気付かず、本殿の掃除中、裏に葉っぱを捨てに行ったときに思わず「ええっ」と言ってしまいました。

稲荷社東側
2本の木が重なるように倒れていました。雨で地盤がぬかるんでいたため、突風で土もろとも掘れて倒れていました。

アーティスティックスイミング

乾選手満願成就で2冠

   6月23日に福岡での世界選手権の必勝祈願を受けられ、世界選手権に挑み
見事に2冠を達成されました。おめでとうございます。
祝詞では「体調万全で練習で培った力を余すことなく発揮し、演技で行う技全てが完璧で高得点を得て世界一の位に上げさせて下さい」と祈願し真にその通りになりました。
  フリーの「大蛇(オロチ)」での足技では両足が重なった時は大蛇が口を開けて舞っているように、また足が離れた時には2匹の大蛇か舞っているように見え、芸術的にも最高の演技であったと思います。
    下のボタンでソロフリー決勝の演技を見て頂けます。

アーティスティックスイミング

ソロテクニカルで乾選手が金メダル

(7月15日)

先月23日に世界選手権の必勝を御祈願され、福岡での世界選手権に挑まれている乾選手がソロテクニカルで見事に金メダルに輝かれました。
おめでとうございます。
この調子でフリーも頑張って頂きたいです。

夏祭り・茅の輪くぐり(7月15日)

太陽が雲に隠れ、時折風が吹いて過ごしやすい天候の下、夏祭りを斎行いたしました。午前11時に茅の輪くぐりをした後、本殿で祭祀を執り行いました。

午前11時  茅の輪くぐり神事

午後8時   茅の輪くぐり神事 
夜の部も多くの方が来られました。

アーティスティックスイミング  ソロ

乾選手必勝祈願(6月23日)

7月14日から開催される世界水泳選手権福岡大会に出場されるアーティスティックスイミングソロの乾友紀子選手が必勝祈願に来られました。
前回ブダペスト大会で2つの金メダルに輝きましたが、ルールの大幅変更により、上半身を鍛え、演技の技の難易度を上げて昨年と全く違う演技構成で挑まれます。テクニカル・フリールーティンの二種目で再び金メダルに輝かれる事を祈ります。

大した事無かったと思っていたが

(6月6日)

大雨の後の見回りで、普段は乾いているが、大雨の後は雨水が溜まる池の水がいつもと違って赤っぽい色になっていたので「なんでだろう?」と思っていてよく見ると、幅3m、高さ3mほどで土砂崩れを起こし、榊の木が根元から倒れておりました。やはり強烈な雨だったのですね。

土砂崩れ   前から

土砂崩れで榊の木が根元から倒れました。

上から

大雨のあと(6月3日)

6月2日は全国的に線状降水帯が発生し大雨に見舞われました。
翌日3日、杜に異常が無いか見回りました。
異常はありましたが大したことにはなっておらず一安心です。

普段は空の池が杜から流れてきた濁流が溜まり満水で溢れています。

木が倒れて参道を塞いでいます。

大木の太い枯れた部分が折れ落ちています。

堆積した葉を押しのけて雨水が流れた跡です。

この時季の風物詩(5月29日)

4~5年前からこの時季になると1匹の亀が現れます。
本殿から南に60~70m程離れた所に池があるのですが、そこから歩いてくるのか?どこに住んでいるのかは不明です。突き止めたい気もするのですが亀に付き合ってもいられないので。( ´艸`)
亀は縁起のいい動物なので会えればその日は良いことがあるかも知れません。

春季大祭(4月15日)

あいにくの雨となりましたが春季大祭を斎行いたしました。
下拝殿には草月流 木下麗泉様の生け花が献られ、祭典では生ズ命様のアースリズムダンスが奉納され雅やかかつ艶やかな祭典となりました。

雨の中沢山のご参列を頂きました。

修祓

アースリズムダンス奉納
(舞人   生ズ命)

動画は下のボタンをクリック。

動画は下のボタンをクリック。

動画は下のボタンをクリック。

動画は下のボタンをクリック。

春のご来光(4月4日~7日)

4月4日は雌岳から昇る日の出が綺麗に見えましたが、5日は曇り、6日と7日は雨で残念な結果でした。
6日、ご来光は拝めませんでしたが、今年も日の出の後にハンドパン・ディジュリドゥ奏者の安慶名さんの奉納演奏がありました。

4日  雌岳からの日の出

6日  安慶名さんの奉納演奏

桜が満開(3月28日)

害虫にやられ、数少なくなったソメイヨシノですが、元気に満開の花を咲かせてます。

幣垣稲荷例祭・柴燈大護摩供

3月19日暖かく天候に恵まれ、稲荷祭り、和太鼓奉納、柴燈大護摩供が行われました。
稲荷神社は本殿より北側の森の中にあり、狭い所ですが、椅子に座りきれない程沢山のご参列を頂きました。
太鼓奉納は3年振りに子どもさん達も参加され迫力あるバチ捌きを見せていただきました。笛鐘太鼓の音が境内に響き渡り稲荷様も一緒に踊られているそんな感じでした。
太鼓が終わると同時にほら貝が鳴り響き、大峯山阪堺役講岩組の皆様による柴燈大護摩供が執り行われました。点火で辺り一面白い煙が立ち込め、火柱が上がり、3000本の護摩木が焚かれ炎の勢いが増し火柱も高らかに上がりました。

梅が満開です(3月11日)

暖かい日が続いていますので一気に満開です。
先に開花していた花は散り始めています。
「まるで梅の木が涙を流すように花が散った」ことから「涙だれの梅」と名付けられました。花が散る時が「涙だれの梅庭園」の一番の見どころかも知れませんね。

梅の開花情報(3月6日)

三寒四温で梅の花も躊躇しているのか、桜のように開花から一週間程度で満開とはいきません。でも今週が見ごろではないかと思います。どうぞご参拝下さい。

サブの梅、紅梅は満開近し、白梅は5分咲きやちらほら咲きです。

メインの白梅
3~4分咲きです。

メインの紅梅
ちらほら咲きです。

梅の開花情報(2月28日)

紅梅は7分咲きってところでしょうか。しかし石碑横の紅梅は未ださいておりません。白梅はぽつりぽつりと咲き始めました。

脇の紅梅白梅。

石碑横、メインの紅梅

石碑横、メインの白梅‐

梅の開花情報(2月15日)

本格的な春到来に向け三寒四温、暖かいと思えば今日は小雪がチラつく寒さです。梅は紅梅は開花が進んでおりますが白梅は一輪だけ咲きました。

雛人形

毎年恒例のお雛様を下拝殿に飾りました。(2月11日)
秋祭りから七五三、年末、正月、節分と繁忙期が過ぎ、建国祭を終えてお雛様を飾って「繁忙期がやっと終わった」と一区切りです。

梅が開花(4日)

昨年4月10日に竣工いたしました涙だれの梅庭園、梅が開花いたしました。
来週辺りから見ごろと思いますので是非ご来社下さい。

節分祭・献灯祈願祭(3日)

平成10年から始めました献灯祈願祭も丸25年の四半世紀が経ちました。
当社節分の風物詩として定着し、200基超の庭提灯のロウソクが灯り、幻想的な空間の中で沢山のご参拝を頂き、お祭りをご奉仕致しました。

下拝殿前

節分祭・献灯祈願祭様子

大階段

北側なだらかな階段

上拝殿

上拝殿から下拝殿を見下ろす

  

干支絵馬奉納

恒例となりました切り絵作家の岸佳美様に干支絵馬をご奉納頂きました。
白うさぎが勢いよく跳ねています。令和5年、飛躍の年となる事を祈念致します。


絵画奉納

(12月20日)

作者は画家の城岸美稀様
絵のタイトルは「KIBOU」です。
オレンジの〇はご縁や人、白の◇は光(太陽)、青の💧は雨、黄色の波は風を表しています。
「稲作に必要な環境を残すことで日本の明るい未来へ繋がる」この願いが絵に込められています。

大しめ縄完成(12月11日)

今年もしめ縄会の皆様により、立派な大しめ縄が出来上がりました。
春の田植えから始まり、収穫した餅米はお正月にお供えする鏡餅になり、藁はこの大しめ縄を始め、神社各所に取り付けるしめ縄となります。
しめ縄会の皆様、今年もありがとうございました。

色鮮やかな紅葉でほっこり(11月28日)

猪に苔を荒らされる防止対策としてセンサーライトを取付、忌避剤を取付て効果を期待しましたが、その甲斐無く、また荒らされました。「くそ―」と思いながらトンボを持って荒らされた所を均し回っている時、ふと上を見ると紅葉が色鮮やかに朝日に映えていて心が鎮まりました。

絵画奉納奉告祭(11月25日)

11月7日にご奉納頂いた、4月6日の二上山雄岳と雌岳の間からの日の出を墨彩画で描いた「春の日の出」の奉納奉告祭を執り行いました。

奉納奉告祭にご参列頂いた皆様で奉納絵画(春の日の出)前で集合写真

奉告祭に小原流の生け花で飾って頂きました。

紅葉

昨日の風雨で少し落ちました。
19日撮影の写真と比べて紅葉が進んでいるのがよく分かります。
(11月21日撮影)

紅葉が見ごろです(11月20日)

祖霊殿前の紅葉です
写真は11月19日撮影

大階段中腹から下拝殿に向を見たものです。
朝方、朝日に映え非常に綺麗です。宮司お気に入りです。
11月19日撮影

宮司宅前栽の紅葉です。
なかなか見ごたえあります。
11月19日撮影

天分水舞(あわみまい)ご奉納 

11月8日

去年、一昨年と天麻那舞としてご奉納頂いておりましたが、独立され天分水舞(あわみまい)として新たにスタートされました。

まないのころも

清らかな真名井で天女が優雅に美しく舞うイメージの舞です。

童神の舞

大神様が沢山の童子たちの成長をあたたかく見守ってこられた、そんなイメージから出来た舞で、凄く心が和みました。

絵画ご奉納(11月7日)

4月6日春のご来光を描いた墨彩画  玉彩(川邉和子)様の作品です。
下拝殿にてご覧頂けます。

伊勢大神楽(10月24日)

毎年、秋祭りが終わっての風物詩です。
迫力ある獅子舞を私、家内、親父と参拝された方の4人で見ました。
沢山の人に見てもらえないのが残念です。事前に来られる日のハガキを頂くので来年は掲示板で予告しようと思います。

猪の被害(10月23日)

今までは本殿裏の山では度々、耕された様な猪が掘り起こしたあとがありましたが、裏なので然程気にしませんでしたが、今朝は下拝殿まで下りてきたらしく、下拝殿周りの苔が無茶苦茶にされていました。長年かけて生えた苔なのに一晩でこの有り様です。涙  ( ;∀;)  頼むからこれ以上荒らさないで!

秋季大祭(10月14日~16日)

     先ず初めに、この秋祭り始まりの14日に同じ富田林市内で地車横転の死亡事故、そして16日に当社宮入の地車が宮入時に見物の方を巻き込む事故を起こしたことに対し、亡くなられた方のご冥福をお祈りし、怪我をされた方へお見舞いを申し上げ、一日も早くご回復されることをお祈り致します。

14日(金)

14日本殿祭   午後8時斎行
本殿祭前の装飾されたご本殿です。

湯立神事
献饌 (お供え物を供える)後、湯立神楽を舞ってお湯をお供えし、その後笹でお湯を勢いよく撒きます。

15日(土)

午前0時に下拝殿に置かれた神輿に神様をお遷しし、午前10時30分 神輿前で頓宮祭を執り行い、その後、当番町(今年は川面町・桜井町)の子ども達による神賑行事がおこなわれました。

稚児社参  午後1時

お稚児さんが元気いっぱいに来られました。

乙女舞奉納   午後2時30分
奉納前にお祓いを受ける子ども達

9月から稽古して覚えた豊栄舞を奉納いたしました。

神輿渡御 

令和2年は中止、令和3年は大人により境内を往復のみでしたので、今年は3年振りの神輿渡御でした。



神輿と鳳輦を担いで元気よく御旅所へ向かいました。

16日(日)

午前9時30分から後宴祭を執り行い、その後12台の地車が宮入しにわかを奉納いたしました。3年振りの地車宮入でした。

奉納にわか


各町時間をかけて稽古した「にわか」を神様に奉納しました。


奉納にわかを終えたあとは勢いよく地車を動かします。

秋の御来光(9月5日、6日)

台風11号が接近してくるため、天候を心配しておりました。しかし、少し雲がかかっておりましたが、両日ともにご来光を拝むことができました。

9月5日

日の出前、鳳凰の形をした雲が照らされて火の鳥が羽ばたいているように見えます。
(写真氏子様提供)

ご来光です。
(写真氏子様提供)

少し上がったら眩しくて目がおかしくなりました。

私は下拝殿からまっすぐに伸びた影の光景が好きです。

9月6日

日の出前、今日はウサギが居ます。9月10日は中秋の名月、「今月の主役はお月様」とウサギが太陽が出るのを押さえているようです。
(写真 氏子様提供)

ウサギの勝ち。
日の出の瞬間は雲で遮られました。

少し上がったご来光です。

早朝から沢山の人がご来光を拝みました。

富士山頂浅間大社奥宮参拝

8月5日、9回目の富士登山に行ってきました。今年はプリンスルート(富士宮5合目から出発して宝永山を経由して御殿場ルート6合目から頂上へ向かうルート)です。静岡の天気予報は曇り時々雨、所により雷を伴って激しく降るでしょうとのこと。最悪と思いつつ。

天気予報が外れて薄曇りですが富士山が綺麗に見えていました。

富士宮5合目から見た下界です。雲海が広がっていました。

午前7時前、登山開始。

富士山山頂矢印は富士宮ルート、プリンスルートは宝永山に向かいます。

宝永山までは平坦なルートなので快適に歩きました。

宝永山です。
宝永大噴火で誕生した側火山です。

宝永山第一火口縁から登り開始です。御殿場ルート6合目を目指します。

宝永山第一火口縁から見た富士山山頂です。

前も後ろも誰も居ない。

先程まで頂上が見えていたのにガスに覆われました。

宝永山馬の背、初めてのルートで先が見えないので少し不安になりました。

少しして、ガスが晴れ、頂上が見えました。ひと安心。

綺麗な雲海です。

御殿場口6合目の案内標識が出てきました。

また真っ白な世界です。

御殿場口6合目に到着。
これからは登り慣れた御殿場ルートです。

登って来たルートを振り返りました。真ん中が宝永山です。

3,000Mに到着。出発から2時間ちょっとです。
昨年はここまで来るのに4時間半かかたのに、プリンスルートで2時間半のショートカットです。

3,000Mから見下ろした下界です。下界は曇りか雨が降っているのか?

ここからは浅間大社の境内になりますが、「奥宮境内」の看板が無くなっている。

去年はこのようになっていました。
「御殿場口登山道」の看板も倒れていたし、丸太の階段が少し埋もれていたので落石があったのかな?

今まで一人で登って来たのに、頂上近くで少し渋滞です。

渋滞は2組の団体さんのようで、道を譲って下さいました。この岩場を抜ければ頂上です。

午前11時21分、山頂に到着。4時間半でした。
頂上は快晴でした。

浅間大社奥宮に参拝。

9回目にして、初めて3,776Mの剣ヶ峰に登りました。右の建物は気象観測所です。

剣ヶ峰から浅間大社奥宮の方向を撮影。

頂上でおにぎりを食べて、12時半に下山開始。少し下りたところで水滴混じりのガスが上がってきました。雨雲のようなので直ぐに合羽を装着、案の定少し下りたら雨になりました。順調に下山していたのですが、宝永山第一火口縁のところで前が真っ白になり、通った道を歩いていたつもりだったのですが、どこで間違ったのか「こんなところ通っていない」って所に。石に白ペンキが塗られていたので、それを頼りに歩いていると「宝永山第二火口縁」との標識。「やっぱり違う道来たわ」と不安になりましたが少し行くと「富士宮口5合目」の標識が出て来たのでそのまま標識が指す道を進みました。途中で木に「熊出没注意」との看板が貼られていてまた不安になり速足で歩き続け、何とか富士宮口5合目まで辿りつきました。後で地図を見たら「宝永山遊歩道」を帰らないといけないのに道を間違って「富士山休養林ハイキングコース」を通ったようです。最後にトラブルがあったけど、無事に下山出来て良かったです。
また来年。

アーティスティックスイミング

乾選手、お礼参りに来社

7月17日、乾友紀子選手、井村雅代コーチ、栄徳篤志トレーニングコーチが来社されました。世界一の金メダルを神様の前に置き、奉告祭を執り行いました。

テクニカルとフリーの2つの金メダルです。左が表、右が裏です。

乾選手と記念撮影

世界一の金メダルを乾選手直々にかけて下さいました。

左端は私の高校時代の陸上部の同期です。ASの音楽を担当しいることから当社のみぐくるみたま(水泳魂)の事が井村コーチに伝わりました。

禰宜が先導して茅の輪くぐりをして頂きました。

夏越の祓いで疫病(コロナ)から免れる御利益を頂いて、来年7月の福岡での世界選手権にむけて頑張って下さい。

夏越の祓い

通常は6月30日ですが、当社は7月15日の夏祭りに合わせて行います。
午前11時と夜の午後8時の2回 執り行いました。

アーティスティックスイミング

乾友紀子選手  フリーも 金メダル 

おめでとうございます。

5月27日、必勝祈願で奏上した祝詞です。書き終えた後日の夕刊に乾選手の記事が出ておりました。
「バイクトレーニングをして、しなやかな脚に筋肉の凹凸をつけて迫力を出す」
「95点を目指している」
記事に書かれていたこの事を神様にお伝えするため鉛筆書きで少し祝詞を修正し当日奏上しました。
「95点を得て高き誉の台へ導き給え」と御祈願させてもらった通りに成就しました。
神職としてもこんなに嬉しいことはありません。

アーティスティックスイミング

乾友紀子選手   金メダル

5月27日当社にて必勝祈願をして挑まれた、ハンガリーブダペストで開催されている水泳世界選手権アーティスティックスイミング、ソロテクニカルルーティンで金メダルを獲得しました。おめでとうございます。
この調子で次のソロフリールーティンも活躍を期待します。がんばれ!

アーティスティックスイミング

世界選手権必勝祈願(5/27)

アーティスティックスイミング日本のエースで世界選手権ソロに出場される乾友紀子さんが、井村雅代コーチ、栄徳篤志トレーニングコーチと共に必勝祈願にご来社されました。
当社は「山河之水泳御魂(やまかわのみくくるみたま)・・・」のご神託よりみぐくる御魂大神と称えまつる、水を潜った御魂がご祭神です。
水泳御魂と共に舞い、神様のお力添えを戴いて表彰台の真ん中に立たれることをお祈りいたします。

市の文化財登録(5/27)

当社所有の朝鮮通信使絵馬が富田林市指定民族文化財に5月26日付けで指定されました。指定4点目だそうですが有形の民俗文化財としては第1号だそうです。

アースリズムダンス奉納

(5月14日)

生ズ命(ウズメ)様によるダンスを奉納して頂きました。
予定では山の奥津神籬の前で奉納予定でしたが、昨日の雨で足元が悪いし、大雨の後の森は枝が折れ落ちる危険があるので鎮魂殿に舞台を変えて頂きました。
ダンスと言うよりか舞ですね。鎮魂殿に鈴の音色が響きわたり華麗に舞う姿に
天の岩戸の前で舞った天鈿女命もこんな舞だったのかなと想像しながら見せて頂きました。

涙だれの梅庭園が竣工しました

令和奉祝記念事業である「涙だれの梅石碑建立」が竣工し、この場所を「涙だれの梅庭園」と名付けました。石碑と歌碑そして6本の梅の木が植えられています。竣工しましたが完了ではありません。今後も手を加えて「庭園」に相応しい所としてまいります。

涙だれの梅石碑建立竣工祭(4月10日)

(お詫び :本来ならば、竣工祭の日時を広告して皆様に周知していただくべきところではございますが、オミクロン株による感染拡大が未だ厳しい状況でございますので一部の方のみにご案内し小規模にて斎行いたしました。どうぞその旨ご理解賜りますようお願い申し上げます。)

祝詞で梅の木に害虫の被害無く毎年紅白の花を咲かせ、この石碑が当社の名所となり永遠に栄えることを祈願いたしました。

小寺博様による「涙垂れの梅」の歌謡奉納

最後に参列者揃って集合写真


お正月に参拝者の方から「森でこんな物を拾いました。土器の欠片じゃないでしょうか?」
と渡されました。
確かに土器の欠片のような感じなので市役所の文化財課に調査を依頼しました。

調査結果
3世紀から約400年、地域の有力者を葬るために土を盛り上げて丘のようにした墓が作られました。これを古墳と呼び、この時代を古墳時代と呼んでいます。
古墳の上には、埴輪と呼ばれる焼き物が並べられることがありました。埴輪には土管のような形の円筒埴輪、円筒埴輪の上が大きく拡がる朝顔型埴輪、人物や動物、鳥、家、武具などを模した形象埴輪などがあります。
これらのうち、今回お預かりしたものは朝顔型埴輪の一部だと考えられます。
最近の研究で、埴輪の胴に貼り付けられた粘土の帯(突帯)の形や、粘土から形づくる時に使った薄板の痕跡(ハケ目)などの特徴から、おおよその時代が分かるようになりました。
お預かりした埴輪は全体にすり減っていて時代が分かるような特徴は見にくくなっていますが、外側の面に方向が不均一な横向きのハケ目が見られます。このハケ目は4世紀頃、古墳時代ではやや古い時代の特徴を示しています。

石碑建立

「清心会」は半世紀に渡り神明奉仕に励まれ、「鎮掛会」は半世紀に渡り己を磨き祈りを捧げて来られましたが、会の皆様がご高齢となった為、令和3年3月に解散されました。
長年に渡るご功績を称え、「清心会」「鎮掛会」の名を残すために石碑を建立し、12月20日に石碑建立奉告祭を斎行いたしました。

二上山が浮かび上がりました

普段の夕方5時ころの二上山です。
こんな風に見えています。

9月18日夕方5時頃の二上山です。
この日は朝から台風14号が紀伊半島に上陸通過し、朝は雨でしたが昼からは時折お日様が顔を出しました。
夕方には二上山にスポットライトが当たったように浮かび上がりました。何とも神秘的!

昭和初期の御朱印

氏子さんが「天井裏の物置を片付けていたら出てきました」とわざわざ持ってきてくれました。
昭和4年の当社の御朱印です。筆跡は私の曾祖父のようです。 私が生まれた時には曾祖父はもう居りませんでしたが、「御朱印をしっかりかくのだぞ」と言われているようで。100年後に私の書した御朱印が出てきて、私の曾孫に「曾爺さん、字下手」と言われるのかなと思ったりしてます。
押されている朱印で大きな角印の「大国宮」が無いので
復活させました。(右写真) 


押されている3つの朱印で大きな角印の「大国宮」が

復活した「大国宮」の角印です。
下は「涙だれの梅」の御朱印予定の原画を置いてみました。令和記念事業「涙だれの梅庭園」が竣工したら涙だれの梅御朱印を始める予定でおります。
その御朱印にこの「大国宮」の角印も押させて貰おうかと考えております。